弁護士として就職活動をし、無事に内定が貰えそうになったとします。この場合、他法律事務所の就職活動も行いたい、任官・任検も考えている等から内定を受諾して良いか迷われるかもしれません。
この記事では弁護士の就職活動における内定を巡る問題について解説します。法律事務所に対する就職活動と企業に対する就職活動では違いもあります。
そのため、この記事では弁護士として法律事務所に対する就職活動は何が違うか、どのような点が特別なのかを解説します。
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業
Contents
内定辞退と内定破棄を区別する
なぜ内定辞退と内定破棄を区別するのか
まず内定についての用語を整理したいと思います。就職活動の文脈では一般的に「内定辞退」と言われるものには、厳密には「内定辞退」と「内定破棄」があります。
Google等で調べても内定辞退と内定破棄の違いは一般的にあまり認識されていないようです。しかし、内定辞退と内定破棄では状況が異なります。言葉は未分節な現象を定義して緻密な思考をするツールです。明らかに違いがあるものを同じ言葉で論じると議論や思考が混乱するので、まずは両者を厳密に区別しましょう。
弁護士の就職活動における内定の流れ
弁護士の就職活動における内定の流れは以下のようになります。
法律事務所が採用選考を行って候補者に対して内定をオファーする。具体的には「内定を出しますが承諾してくれますか?」と意思確認する。
法律事務所側の内定オファーを受けて、候補者側が内定を承諾するか検討する。もし、他法律事務所の就職活動も続けているなら、内定承諾を待ってもらう(内定承諾の留保)。
※検討の結果、内定辞退になることもある。
候補者側が内定オファーを受けることを決めて、内定を承諾する。法律事務所側の内定オファー(申込み)と候補者側の内定承諾(承諾)により、内定合意が成立する(内定者になる)。
新人弁護士の就職活動であれば、内定者の司法修習が無事に終われば入所する。
※内定破棄・内定取消しはここの問題である。
※任官・任検は司法修習が終わるまで(入所ギリギリまで)確定しない。
内定辞退・内定破棄の違い
弁護士の就職活動における内定の流れを踏まえると、内定辞退と内定破棄は問題になるタイミングが違うことが分かります。
内定辞退 | 内定オファーに対して、候補者が内定承諾を留保した結果として最終的に内定を受諾しなかった場合 |
---|---|
内定破棄 | 内定オファーに対して、候補者が内定を承諾して内定者となったにもかかわらず、入所までに一方的に内定を破棄した場合 |
結論として、
内定辞退は当然あり得るのに対し、内定破棄は問題がある
と考えています。
内定辞退は問題がない
まず、内定オファーに対して、そもそも内定を承諾しないこと(=内定辞退)は問題がないでしょう。採用選考に申込みをしているからと言って、内定オファーを出されれば承諾しなければならないことはありません。
もちろん、法律事務所側としては「是非入所して貰いたい」と考えるから内定オファーを出すわけです。そのため、熱心に内定を承諾するよう働きかけをする場合もあるでしょう。
しかし、他法律事務所の採用選考が進んでいたり、事務所の情報で不安や分からないことがあり内定を承諾して良いか迷うことは当然あると思います。そのような場合には、内定承諾を留保して、他法律事務所の就活を続行する又はもう少し法律事務所を吟味することは問題ありません。
内定破棄は問題がある
これに対し、一旦内定を承諾したにも関わらず、一方的な内定破棄をするのは問題があると考えています。
内定を承諾した場合は、特段の留保がなければ(任官・任検等)、原則として「他法律事務所への就職活動はしない」ことを前提としています。それなのに、実はこっそり就職活動を継続していた又は気が変わって就職活動を再開したのであれば嘘をついた又は約束を破ったことになります。
法律事務所側は、内定者を信用して、他候補者にお断りをしたり又は採用活動をストップしたりします。それなのに内定者が嘘をついていた又は約束を破ったということになれば非常に困ります。この点は法律事務所と企業で違いもあるところです。
法律事務所と企業の違い:内定破棄の深刻さ
企業の就職活動の場合は、内定辞退と内定破棄が一括りにされており、両者ともあまり問題視されていないようです。複数企業から内定を受諾して、最後にどこに就職するかを決める(その他は内定破棄をする)ことが武勇伝のように語られることもあります。
しかし、弁護士の就職活動においては、企業と異なり内定破棄をするのは控えた方が良いでしょう。法律事務所と企業では違いがあるからです。
内定者の少なさ:法律事務所側のダメージの深刻さ
企業と法律事務所では内定者数が圧倒的に違います。とくに大企業だと内定者が100名単位でいることもザラですが、法律事務所だとそれなりの規模でも1~2名にしか内定を出しません。
企業であれば数百名いる内定者が内定破棄をしても採用計画に大きな狂いは生じません。また、数百名もいれば、内定破棄をする人も出てくるのは織り込みずみでしょう。
これに対し、法律事務所でたった1人の内定者が内定破棄をすると深刻なダメージを受けます。内定破棄のタイミングでは新たな採用活動も不可能であり、採用計画に大きな狂いが生じるでしょう。
内定破棄に対する評価
内定破棄の問題点は法律事務所側にとってだまし討ちになることです。例えば、他法律事務所の就活を続けたい又は任官・任検を考えていれば、内定を承諾する前にその旨を伝えればだまし討ちにはなりません。
もし、正直に情報を伝えて貰えれば、法律事務所側としても
- 内定辞退に備えて他の候補者に待ってもらう
- 念のため採用活動を続行しておく
- 万が一に備えて、もう1名追加で内定を出す
などの対策が取れます。
しかし、「もう就活はしません」という前提で内定を出し、他候補者は断り採用活動をストップしていたにもかかわらず、入所直前に突如として内定破棄をされると法律事務所側としてはなす術もありません。
このような場合、法律事務所側としては「正直に伝えて欲しかった」、「だまし討ちをされた」という感想を抱かざるを得ません。内定破棄をした人に対しても「なんと不誠実な人だ」という評価になるでしょう。
弁護士業界の狭さ:内定者側のリスク
また、企業の就活等と違い、法律事務所の就活では「弁護士業界は狭い」という事情もあります。そのため、不誠実な内定破棄をすることは内定者側にもリスクがあります。
経営者弁護士同士が繋がっていて何となく内定破棄をした人が分かるケースもありますし、直接的に同じ弁護士会の委員会で一緒になって気まずい思いをすることもあるでしょう。弁護士業界の狭さを考えると、予想外に色んなところで人が繋がっていたり情報が流れたりする場合もあります。
安易に不誠実な対応をすることで、無駄にリスクを取る必要もないかと思います。そう考えると、内定破棄は内定者側にも良くないですし、もし万が一内定破棄をせざるを得なくなったときでも誠実な対応を心がけることをおすすめします。
弁護士の就職活動:任官・任検を考えているときは?
弁護士としての就職活動をしているものの、任官・任検も考えている場合はどのように対応するべきか悩まれるかもしれません。
任官・任検をするときも法律事務所の内定を持っていると有利?
指導教官から、任官・任検を考えている人に対して、法律事務所の内定も貰っておくように言われるという話もあります。さらに、任官・任検をするために法律事務所の内定を持っておくと有利だとまで言われることもあります。
これらは風の噂ではありますが、たしかに四大法律事務所等の内定者に対しては任官・任検のお誘いが熱心であった印象はあります。また、任官・任検を希望していても、最終的に確定するのは司法修習が終了する直前なので、万が一に備えて法律事務所の内定を持っておきたいと思うのはやむを得ないでしょう。
採用面接において任官・任検を希望していると正直に言うべきか
この場合、まず法律事務所の採用面接において、任官・任検を希望していると正直に言うべきかが問題になります。
正直に任官・任検志望というのが良いものの、他方で、任官・任検志望と伝えたために選考上不利に扱われるリスクも否定できません。
この点については、就職活動のタイミング(とくに裁判修習・検察修習が終わっているか)や法律事務所の規模等にもよるかなと思います。
例えば、合格発表前に大規模法律事務所に就職活動をする場合、司法修習が始まっていない段階の任官・任検志望は漠然とした憧れであることも多いと考えられます。また、複数名に内定を出すのであれば、一部に任官・任検希望者が居ても問題ないでしょう。
これに対し、司法修習が進んだ段階で、任官・任検の意向が固まっており教官の感触も良さそうな場合で小規模法律事務所に就職活動をする場合は慎重な対応が必要かと思います。不利に扱われるリスクがあっても、採用面接の初期段階で任官・任検の意向を伝えて、法律事務所側とよく相談するべきかと思います。
就活続行や任官・任検への法律事務所側の対応
一般論としては、就活生側から「他法律事務所の採用選考もあるので待って欲しい」、「実は任官・任検も考えている」と言われたときは法律事務所側も柔軟に対応してくれるかと思います。
法律事務所側の考えにもよりますが、「是非欲しい人材だ」と考えて内定オファーを出しているわけなので、率直に相談をすれば内定承諾を待ってくれたり又は任官・任検前提で採用してくれる場合も多いと思います。
逆に、法律事務所側が「就活を続けるなら内定は撤回する」等と言ってきた場合等は、むしろ当該法律事務所に就職するのを回避した方が良いケースも多いように思います。就活続行や任官・任検を相談してみて、法律事務所側の対応が不誠実なときは、むしろ入所前に分かって良かった受けとめるのもありだと思います。
任官・任検による内定破棄の可能性について
とくに内定者が1~2名の法律事務所に就職活動するときは、内定承諾時に任官・任検も考えている旨はきちんと伝えてください。任官・任検は司法修習の終了直前まで分からないため、任官・任検が決まったため、一旦内定を承諾したものの結果的に内定破棄をするのはやむを得ないと思います。
原則として内定破棄は許されないですが、例外的に任官・任検が決まった場合には内定破棄も許されると言うべきでしょう。その場合でも、予め任官・任検の意向があることを伝えた上で、こまめに状況を共有することをおすすめします。
内定承諾後の注意点について
就職活動が終わったからと言って安心しない
弁護士としての就職活動は内定承諾によって終わります。しかし、就職活動が終わったからと言って安心するのはやめましょう。むしろ、就職活動の終わりは、事務所で働くための準備のスタートです。
内定者の段階からどのような振舞いをするかは法律事務所側としてもチェックしています。幸先よく仕事をスタートできるように緊張感を持ちましょう。
連絡が取れずに内定取消しになることも…
極端なケースですが、内定を承諾した途端に連絡が取れなくなる場合もあるようです。内定者に対して入所に向けて必要な案内をしていたのに、内定者から一切返事がないと法律事務所側も困ります。
内定者から一切返事がないまま入所日を迎えて突然事務所に来たため、内定を取り消したというエピソードが風の噂で囁かれることもあります。現実問題として、法律事務所側としては内定者を迎えいれる準備のために、連絡を取る必要があります。
内定を承諾して安心してしまい法律事務所側からの連絡を無視していると、最悪の場合には内定取消しになるかもしれないので注意しましょう。
任官・任検志望の場合:こまめに連絡をする
とくに任官・任検志望で内定破棄の可能性があるときは、法律事務所に対してこまめに連絡をしてください。
例えば、裁判修習・検察修習を経て、やっぱり任官・任検の希望が無くなったということもあるかもしれません。他方で、指導教官の感触からして、とくに問題がなければ任官・任検の内定が出そうだという場合もあるでしょう。
いずれの場合であっても、法律事務所に対して「任官・任検の希望はなくなりました」や「このままだと任官・任検が出来そうです」と言った情報を共有するようにしてください。
二回試験合格の連絡をする
また、そのような場合でなくても、少なくとも二回試験が終わったら内定先の法律事務所に合格報告をしましょう。とくに法律事務所側から求められてなくても、二回試験の合格報告はした方が良いと思います。
二回試験はほぼ不合格になることはありません。しかし、それでも内定先の法律事務所としては、内定者が無事に二回試験に合格したかは心配しているところです。二回試験の合格報告がなかったことに悪い印象を抱く弁護士も居るようです。
内定者になった段階で、できるだけ法律事務所に遊びにいく等して接点を持っておいた方が良いです。そこまではやらない場合でも、少なくとも二回試験の合格報告は忘れないようにしましょう。
弁護士としての就職活動の終わり:内定はきちんとしよう
弁護士としての就職活動の最後のポイントが内定の場面です。
法律事務所側からの内定オファーに対して、就活生が内定を承諾することで内定者になります。内定承諾前に他法律事務所に就職をする等から「内定辞退」をすることは問題ありません。これに対し、内定承諾後に一方的な「内定破棄」をするのは、狭い弁護士業界においてとくに中小規模法律事務所に多大な迷惑をかけるのでやめましょう。
もし他法律事務所の選考結果を待ちたいときは、法律事務所側に「少し考えさせてください」と伝えて内定の承諾を留保しておきましょう。内定承諾をしてしまうと、法律事務所側は他候補者に断りをしたり又は採用活動をストップする等で取り返しがつかなくなります。
任官・任検を考えているときは、任官・任検は司法修習が終わる直前まで決まらないという特別な事情があります。そのため、結果的に任官・任検が決まったため、内定破棄をするのは例外的にやむを得ない事情があると言えるでしょう。このような場合でも、任官・任検の意向は予め伝えるとともに、こまめにどんな状況か法律事務所側に伝えてください。
また、内定者になることは、就職活動の終わりですが、他方で、事務所で働くためのスタートでもあります。法律事務所からの連絡にはきちんと対応するようにしましょう。また、二回試験の合格報告はとくに言われなくても自主的に行うことをおすすめします。
[…] (参考)弁護士の就職活動における内定を巡る諸問題(内定辞退と内定破棄の違い) […]