司法修習生が弁護士事務所の選び方を考えるときには採用する側がどのような考えを持っているのかを知ることは重要です。
司法修習生が弁護士事務所を選び、就職活動をする場合は弁護士事務所側・司法修習生側が比較的対等な立場だと言えます。
従って、単に弁護士事務所側の都合により就職活動を余儀なくされるというよりは、司法修習生側で積極的に弁護士事務所を選ぶことができます。
そして、弁護士事務所を選ぶときに採用目線で考えることにより弁護士事務所と司法修習生のパワーバランスをきちんと把握することができます。
本記事では採用する側の立場ではどのような考え方で司法修習生に接しているかについて考えたいと思います。
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業
Contents
1. 司法修習生を採用する目的
就職活動をする司法修習生にとっては就職自体が1つのゴール・目的と言えるかもしれません。しかし、採用する弁護士事務所側からすると司法修習生を採用することは、むしろスタートにすぎません。
司法修習生を採用する弁護士事務所は、大きく分けて事務所を発展させる又は事務所を維持することを目的と考えています。
「発展」と「維持」は小さな目的のように見えて大きな違いがあるため、弁護士事務所を選ぶときに司法修習生としても目的の違いを考えることが有意義でしょう。
1.-(1) 弁護士事務所を発展させる目的の採用活動
弁護士事務所を発展させるために司法修習生を採用する弁護士事務所も少なくありません。
一般的に新興系法律事務所は積極的な事務所の発展・拡大を志向していると思われがちです。しかし、外資系法律事務所・中堅法律事務所の中にも事務所の発展・拡大を志向している弁護士事務所とそうでない弁護士事務所があります。
弁護士事務所を発展させる目的で採用活動をしている弁護士事務所を選ぶメリットとしては以下のようなものが考えられます。
- 事務所の成長に伴う勢いややりがいを感じられる
- 後輩弁護士が入ってくるので下積みから卒業しやすい
- 早期に参画すれば経営陣に昇格しやすい
1.-(2) 弁護士事務所を維持する目的の採用活動
弁護士事務所は独立・開業やキャリア目的の転職などにより離職が一定生じます。弁護士が自然と一定数辞めていくことになるため、弁護士1人の事務所でない限り、弁護士事務所を維持するために司法修習生を定期的に採用するニーズが生じます。
弁護士事務所を維持する目的と言うと消極的に聞こえるかもしれませんが、伝統ある準大手~中堅法律事務所も少なくありません。
「現在のクライアント顧客に安定したリーガルサービスを提供すること」を事務所の発展・拡大より優先される堅実な考え方の弁護士事務所と言えるでしょう。
このような弁護士事務所を選ぶメリットは以下のようなものが考えられます。
- 採用人数が少数であるため比較的手厚く面倒を見て貰える
- 安定した顧客基盤を持っている可能性が高い
1.-(3) 司法修習生を育てて事務所に貢献して貰う
いずれにせよ、司法修習生を採用する法律事務所としては、就職した司法修習生を育てて事務所に貢献してもらう必要があります。
採用目線で言えば、司法修習生を採用してからがスタートであり、最終的なゴール・目的は採用した司法修習生が事務所に貢献することです。
この点は司法修習生が就職活動をするときに意識した方が良いかもしれません。
司法修習生サイドは「内定を貰う」ことがポイントであるのに対し、弁護士事務所サイドは「入所後の事務所貢献」を意識しています。
逆に言えば、内定を貰う意識から、入所後にどうすれば事務所に貢献できるのかを考えることは就職活動を有利に進める上で有意義かもしれません。
2. 司法修習生と経験弁護士の違い
弁護士事務所側にとって弁護士を採用する場合、司法修習生を採用する以外に経験弁護士を採用する方法も考えられます。
採用目線で言うと司法修習生と経験弁護士を採用することは大きな違いがあります。
司法修習生が就職活動をするときに、経験弁護士と違って司法修習生に求められるものは何かを考えてみることも有効かもしれません。
2.-(1) 司法修習生はポテンシャル採用
これは弁護士事務所に限らず新卒採用と中途採用の違いにも言えることですが、新卒採用・司法修習生採用はポテンシャル採用だということです。
経験弁護士を採用する場合は、従前の取扱案件の分野や件数を確認して、即戦力として採用を行います。
5~10年程度の経験がある弁護士であれば、パートナー・共同経営者として採用をすることもあるでしょう。
例えば、TMI総合法律事務所は、五大法律事務所の中でも弁護士数の伸び率は高いものの若手弁護士の割合が低いことから、パートナーや中堅弁護士の中途採用が多いと推測されます。
(参考)2017年TOP50事務所 60期代弁護士所属割合ランキング
これに対し、司法修習生を即戦力として期待することは難しいです。司法修習を経ているとはいえ、一人前の弁護士として活躍するには一般的には2~3年程度の実務経験が必要だと言われます。
それでは採用する弁護士事務所が司法修習生に期待することが何かと言うと、弁護士事務所に所属して教育・研修を施すことで司法修習生が活躍できるように成長することです。
このように司法修習生は現在の能力と言うより、将来の成長を期待されている点が大きな特徴です。
2.-(2) 弁護士としてのポテンシャル=潜在能力
一般的に弁護士事務所の採用活動は、弁護士が通常業務の傍らで行っています。専門的な人事部門・採用担当を持たない弁護士事務所側が、司法修習生のポテンシャルを見抜くことは決して容易ではありません。
従って、ポテンシャル=潜在能力を重視した採用活動でどのような点がポイントになるかは私たちも試行錯誤をしています。一応、現時点で弁護士として成長が期待できる要素としては以下のようなものが挙げられると思います。
- 何事にも興味を持てる好奇心の強さ
- 助言やアドバイスを受け入れる素直さ
- 積極的・主体的に行動するやる気
- 相手の立場で物事を考えられる柔軟性
- 地頭の良さ
2.-(3) 人柄・性格をアピールする就職活動
四大法律事務所が司法修習生を採用するときは、上記要素のうち「地頭の良さ」を重視していると考えられます。これは大学・ロースクール等の学歴・成績による書類審査・足切りのラインが高いことから明らかでしょう。
従って、いわゆる高学歴な司法修習生は、四大法律事務所~準大手法律事務所までで内定を得ることになります。
逆言えば、その他の司法修習生は「地頭の良さ」(主に学歴・成績)で勝負することは難しいのではないかと思います。
学歴・成績は「どんぐりの背比べ」である中で司法修習生が有利に就職活動を進めるためには人柄・性格をアピールすることが重要です。
とくに司法修習生はポテンシャル採用であることを踏まえると、弁護士事務所側からきちんと教育すれば伸びる人柄・性格だと思って貰えるかがポイントかもしれません。
3. 弁護士事務所のビジネスモデル・利益構造
採用する弁護士事務所は継続して利益を出し続けないと存続できません。司法修習生の採用もボランティアではないので、弁護士事務所は人件費を支払うリスク・コストを上回る利益を出す必要があるわけです。
逆に言うと採用する弁護士事務所のビジネスモデル・利益構造を知っておくことは就職活動をする司法修習生にとって有意義です。
ビジネスモデル・利益構造を知っておければ、司法修習生がどのような扱いをされるかが自ずから推測できます。
儲かっている会社を儲からせる社員なら待遇は良くなる!
シンプルですけど真理だと思うんですよね… なかなか伝わらない点ではあるものの#司法修習生の就職活動 https://t.co/t0PsGjHN6K— 弁護士×図書館 -Ginza library- (@GinzaLibrary) February 26, 2019
3.-(1) 弁護士報酬×3~5倍の売上が必要
売上の考え方が分かりにくいかもしれません。弁護士毎に売上を計測していなければ、自分がいることで事務所全体の売上がどれだけ伸びるかを考えてみることになるでしょう。また、現実に弁護士事務所で使われる評価指標としてはボス弁の時間削減の観点や案件処理件数の観点など様々な評価指標があり得るとは思います。
司法修習生がビジネスモデル・利益構造として理解しておくべきは、自分が貰う弁護士報酬と同額の売上を達成するだけでは事務所に貢献できていないことです(むしろ赤字)。
なぜなら、弁護士を雇うためには様々なコストがかかります。さらに、教育の時間・負担に見合うだけの利益が残らなければメリットがありません。
具体的には、一般論として言えば弁護士報酬の3~5倍程度の売上を達成する必要があるでしょう(※事務所事件をこなして売上に貢献することを想定しており、新人弁護士が営業活動を行って案件を獲得してくる趣旨ではありません。)。
仮に売上目標について明示的に指示されないとしても、弁護士事務所側は必ずこのような数値目標を考えているはずです。
弁護士報酬の3~5倍程度と幅があるのは、弁護士事務所運営にどの程度のコストが必要かによって変わります。また、弁護士事務所のビジネスモデル・利益構造によって、どの程度容易に売上を達成できるかが異なります。
例えば、宣伝広告費や員を大量に使う法律事務所であれば自分が貰う弁護士報酬の何倍もの売上を上げる必要があることは理解できるでしょう。他方で、紹介メインで事務員も少なければ、そもそも売上を伸ばすことが難しいですし、利益率が良いため多大な売上がなくても黒字化できるでしょう。
新人弁護士が売上を達成できるかを不安に思う必要はないと思います。
経営者弁護士は、新人弁護士でも当該売上を立てる見込みがあると考えて又は当初は弁護士報酬を投資と考えて採用活動を行っているはずです。
本記事で指摘したい点は、ビジネスモデル・利益構造から売上達成が新人弁護士の長時間労働を前提としているリスクがあるので検証すべきだという点です。
3.-(2) 売上=案件単価×案件数
当たり前のように思われるかもしれませんが、売上=案件単価×案件数で決まります(タイムチャージの場合は時間単価×時間)。
従って、同じ売上を達成する場合、案件単価が高いほど案件数は少なくて良いことになります。
案件数が少ない=勤務時間も少ないことに繋がるので、端的に言うと案件単価が高ければ勤務時間が少ない可能性が高いと推測できます。
3.-(3) コスト面:家賃や宣伝広告費
弁護士事務所のビジネスモデルは比較的単純です。どのようなコストが生じるかを何となく把握しておくのは簡単ですし、有意義かもしれません。
弁護士事務所によってコストで大きく異なるのは、家賃と宣伝広告費が挙げられます。事務機器や人件費は相場がある程度ありますが、家賃と宣伝広告費は事務所ごとに結構異なります。
弁護士事務所運営のためにコストがかかっていれば、その分弁護士が達成するべき売上目標は高くなります。他方で、さほどコストがかかっていなければ、売上目標は低くなります。
このようにコスト面についても意識を向けると事務所に貢献できる人材と評価されるでしょう。
参考:法律事務所のビジネスモデルと弁護士報酬・売上の違い
※必要とされる売上のN倍についてはイメージです。また、各類型の法律事務所でも、法律事務所ごとに違いがあるので、上記はあくまでもステレオタイプなイメージに過ぎないものとご理解ください。詳しくは採用面接時(秘匿性の高い情報なので、内定オファーが出た段階で聞くのが良いかもしれません。)に質問されると良いかと思います。
ご質問ありがとうございます!
経営上の重要事実なので、かなり踏みこんだ質問になりますね。慎重に質問しないと失礼になる場合もあるかと思います。
1. どのタイミングで質問するか
選考が進んでない段…続きは質問箱へ #Peing #質問箱 https://t.co/NbOzoWsdEJ
— 弁護士×図書館 -Ginza library- (@GinzaLibrary) January 19, 2021
4. まとめ
弁護士事務所はボランティアで司法修習生を採用しているわけではなく、司法修習生を就職させることがゴール・目的ではありません。
司法修習生のポテンシャルを見込んで採用を行い、教育により成長して事務所に貢献して貰うことを考えています。また、求められる事務所の貢献は弁護士事務所ごとのビジネスモデル・利益構造によって異なるでしょう。
単に「内定を貰う」意識ではなく、司法修習生の就職活動を採用目線で捉え直すことでより有利に就職活動を進められるはずです。
採用する弁護士事務所の考えまで踏まえて就職活動をする司法修習生はなかなか居ません。周りと差をつけるチャンスですので是非深く考えてみてください。